ANCIENT PENTATHLON

古代五種

ANCIENT PENTATHLON

五つの競技に挑んだ古代の選手

紀元前776年に始まり、4年に1回開かれた古代オリンピック。

古代ギリシャのオリンピアで、神々に捧げる祭典として行われていました。

その中で、紀元前708年に登場したのが「古代五種(ペンタスロン)」です。「ペンタスロン」という言葉は、「五つの競技」を意味します。

古代五種は、次の性質の異なる5つの競技で構成されていました。

  • 1スタディオン走
  • 2円盤投
  • 3幅跳び
  • 4やり投
  • 5レスリング

走る、跳ぶ、投げる、そして戦う

古代五種の大きな特徴は、単純に同じ種類の能力を競う競技ではなかったことです。走る。跳ぶ。投げる。そして、相手と組み合って戦う。

それぞれに求められる能力が異なる5つの競技に、一人の選手が挑みました。

現在のスポーツのように、細かく専門化された競技とは違い、古代の選手には、さまざまな身体能力を一人で発揮することが求められていたのです。

01 / RUN

古代五種の「走る」

スタディオン走は、古代オリンピックで最も古く、最も象徴的な競技の一つでした。

選手たちは、オリンピアの競技場を約1スタディオン、現在の距離でおよそ192m走りました。

現在の陸上競技のように「何秒で走ったか」という記録を追うことよりも、誰よりも先にゴールすることそのものが重要でした。

古代オリンピックでは、現代のような記録を競うのではなく、「誰が勝ったのか」が大きな意味を持っていたのです。

02 / JUMP

古代五種の「跳ぶ」

幅跳びは、現在の走幅跳とは少し違います。

古代ギリシャでは、助走をつけた立ち幅跳びに近い形で行われ、選手は両手に「ハルテレス」と呼ばれる重りを持って跳んだとされています。

この重りを振りながら跳躍することで、身体の動きを利用して距離を伸ばそうとしました。

古代の選手たちは、ただ力任せに跳んでいたのではありません。身体の動き、タイミング、バランス。そうした技術も、跳躍の重要な要素だったのです。

03 / THROW

古代五種の「投げる」

円盤投とやり投も、古代五種を代表する競技です。

円盤は、石や金属などで作られていました。やり投では木製の槍が使われ、革製のひもを利用して投げる方法も用いられていました。

特に、やり投や円盤投のような投てき競技は、古代ギリシャの社会における「戦うための能力」とも結びついていました。

走る、跳ぶ、投げる。こうした能力は、単なるスポーツのためだけではなく、当時の人々が必要としていた身体能力でもあったのです。

04 / WRESTLING

古代五種の「戦う」

古代五種の最後を飾るのが、レスリングです。

走る、跳ぶ、投げるという能力だけではありません。最後には、相手と直接向き合い、自分の身体を使って戦う。ここに古代五種の大きな特徴があります。

スピード、跳躍力、投てき能力、そして格闘能力。一つの競技だけでは身につけることのできない、さまざまな能力が一人の選手に求められました。

なお、古代五種全体の勝敗をどのように決めていたのかについては、完全に明らかになっているわけではありません。古代の記録には不明な点も残されています。

THE ALL-ROUND ATHLETE

「最も優れたアスリート」とは

古代五種が興味深いのは、そこに「一つの能力だけではない強さ」という考え方が見えることです。

最も速いだけではない。最も遠くへ跳ぶだけでもない。最も遠くへ投げるだけでもない。そして、最も強いだけでもない。

走る、跳ぶ、投げる、戦う。

異なる能力を一人の身体に備え、それらを競技の中で発揮する。古代五種は、そんな総合的な身体能力を持つアスリートを象徴する競技だったと考えられます。

TO COUBERTIN

そして、クーベルタンへ

時代は大きく変わり、古代オリンピックは長い歴史の中で姿を消しました。しかし、その精神に魅せられた人物がいました。近代オリンピックの創設者、ピエール・ド・クーベルタンです。

クーベルタン男爵は古代オリンピックの競技や精神に強い関心を持ち、その中でも古代五種のような「総合的な能力を持つアスリート」という考え方に着目しました。

そして1912年。ストックホルム大会で、クーベルタン男爵が考案した「近代五種」がオリンピック競技として登場します。IOCの資料でも、クーベルタン男爵が近代五種を「オリンピック選手の総合的な身体・精神能力を試す競技」として構想したことが紹介されています。

古代ギリシャで始まった「五つの競技に挑む」という考え方は、時代を越えて、新たな五種競技へと受け継がれていったのです。